ジャコ・パストリアスによろしく【再】

双極性障害と社交不安障害とグレーゾーンのアスペルガー傾向を抱える野良サウンドマンの徒然であります。

双極性障害における「人間関係」対応についての、傾向と対策

こんばんは。

 

今日は横浜地方は暖かかったです。もうすぐ春、ですかね?

 

さて。

固い表題ですね。

 

これまで2回遡る投稿で私は自分自身の人間関係の不味さをやんわりと告白しております。

ところで早速横道にそれますけども(こういう話運びも双極性の悪い癖、だそうです)、私自身も情報協力をしております「双極性障害ピア(同士、同等のという意味)によるナレッジベース」がありまして。

双極性障害ナレッジベースサイト"BIPOGRAPHY"

bipography.com

ここでの「失敗体験」という項にも人間関係の破綻や離婚など切実な経験をあげておられる方が複数おられます。

 

双極性障害においてしばしば「社会(社交)不安障害」の併発を指摘する専門家がおられます。私の元主治医も提唱者でした。いわく「引っ込み思案の目立ちたがり」という表現をしておられまして言い得て妙ですけど、どんだけ厄介やねんとも思います((笑)、えない…)

表題であるところのジャコも私もベーシストであることを考えると、一見地味なようにみえてこれほどブレが生じると成立しない楽器もないところを考えると推して知るべしかもですね。

 

ありゃりゃ。かなり逸れてしまいました。

「人間関係」におけるマズさ、でした。

 

双極性ならびに社交不安において指摘されているのが「強気と弱気が併存する」ことだと言われています。

簡単に言うと「プライド高い癖に打たれ弱い

はっきり言ってジャコも晩年全く社会性を保てていませんし、私の良く知るシンガーのE嬢(局地的に有名な方)も自ら人間関係をぶっ壊して回ってきたのを目の当たりにしました。まさか自分も同じ障害であることを8年前に知ることになるとは…

 

リハビリを通して双極性障害の罹患者の「躁」ということが、あまり知られていないことを実感しますけど、精神保健的用語として「易怒性」という言葉が用いられます。

また不安障害や強迫観念の側面から回避行動とか何かに耽溺するとか依存に陥りやすい傾向も見て取れるそうです。

 

ああ、まだ本筋に戻れない。

 

双極性障害の概ね「ものの限度をわきまえづらい」ことに尽きるかと思われます。いい時はいいけど、悪い時は超BAD。

それが人間関係にもしばしば影響を及ぼしかねない、いや、事実上及ぼしたエピソードは数多限りなく。

 

ええと、私の話に引き付けて述べましょう。

最近、現実的に人に会ってません。ま、この歳にして近所にいつでも会えるお友達がいることの方が奇跡的とも言えるので仕方ないのですが。

でもです。現代は「インターネッツ」というある意味便利なものがありましてですね。

で、ここで私がやらかしがちなのは「結構あからさまな毒を吐く」という傾向です。

「夜書いた手紙は朝読み返せ」という名言がありますが、ネッツ社会はそれを不可能にしてしまいました。

 

双極のリハビリで肝なのは「エラーにすぐ気づいてなるだけ早い回収をめざすか、もうあきらめちゃうか」なのかなと感じたのですが、一度失った人間関係での信頼というのはハッキリ言って絶対と言うほど元には戻らないものなので、ある一定は後者を覚悟すべきかと昨今は感じ入っています。

 

以上が「傾向」にあたるかと。

 

で、対策。

まず本人ができること。

出来るだけアウトプットを控える。調子に乗らない。

でもさ。クリエイターで双極性障害を認められる人ってこの逆を行ってるんですよね。ジャコ筆頭に。

でも普通の社会生活を営もうと決意したら、そうするしかないです。

 

そして他者の対応策。

可能な限り関わりを避けること。でも相手は疑心暗鬼の塊なのでうまーくスウェイすることが重要。スルー力です。

見て見ぬふりに限りなく近い「生暖かく見守りつつ自分への被害を避ける」とでも言いますか。

 

かつて私のバンド時代の盟友の奥方が私を評して、

「怒られたがりのさびしんぼう」と言う絶妙な表現をされましたが、それこそが双極性障害の特徴の一部を言い当てたさすがな表現だと後年気が付くことになりました。

 

前出の私のドクターの表現もそうですがいわゆる単極で鬱症状を示す方と双極性の大きな違いは「調子のいい時のパフォーマンスが桁外れに調子良すぎる(決していい表現ではありません)」ことです。

日常的な表現型がうまくないんで、創作に乗り出す人が多いのもそのせいかも知れないですね。

 

そもそも基本的に線が細い。の割には自尊心が強いので強がる。簡単に言えば「子供」です。って言ったら子供に悪いくらい。

精神医学においては「脳内の伝達物質がなんちゃら」みたいなもっともらしい説明が最近はされることも多いですけれども、もっと機能的な部分の不適応かも知れません。

リハビリや講演を聞きに言ったりするにつけ、ピア当事者の方々の中にはいわゆるADHDアスペルガー症候群などの「発達障害」を指摘されている方も散見されます。

かく言う私自身も元主治医が診断書に「性格的な範囲に収まるとみられるがアスペルガー的傾向がある」としれっと書いてました。「どっちやねん!」と思いましたが、精神疾患というのは数値化できないし、結果論でしか測れないから難しいのだとも。

特にご家族のある方は「妻から判ってもらえない」という悩みをお聞きすることもしばしばあって、でもさ。判んないよね、そりゃ。とも思う。

 

そうして考えてみると「この人は○○障害だから、こうして付き合わなきゃね」なんて綺麗ごとも平場では見事に吹っ飛ぶことは予想だに簡単なことで。

 

私がこの年齢をもってして一年を通してリハビリを経験してこの程度の認識で、かつまだまだ改善すべき点は多々ある訳です。

 

人は感情の生き物です。生身です。嫌なことを言われれば直接じゃなくとも傷つきます。判ってます、頭では。

でね、でもね。

自分の見積も上手く行かない癖に双極さん達はこう言いたがる傾向にあるのかと、自分を翻り忸怩として思う訳であります。

余計なお世話だバカヤロウ / RHYMESTER

www.nicovideo.jp

 

…ニコ動貼ったんだけど、観れるかな?

 

なんだかちゃんとした回答にはなっていない気もしますけども、それは取りも直さず自分自身がまだまだ全然解決できてないからに他なりません。

精神医学なり臨床心理学なりは日々進歩を続けているのはもう19年前に鬱を罹患した身としては日を見るに明らかです。確かに一部指摘されるように「お薬を売り続けるために仕組まれたものだ」とか「社会のひずみが生み出した状況だ」とか「てか単純にアイツ人間性がなってないんじゃねーの?」とか色々感慨はあろうかと思います、けれども。。

 

閑話休題

対策というか、別の観点で実際に自分が思い当たったことについてエントリーを変えてポストします。

二連荘!