ジャコ・パストリアスによろしく【再】

双極性障害と社交不安障害とグレーゾーンのアスペルガー傾向を抱える野良サウンドマンの徒然であります。

反省も含めて「解り合えないあなたと私」の、その先へ。

こんにちは。

 

今日はホントのことを言うとあんまり調子良くないです。

熱い寒いの調整がうまくいかない的な、自律神経がみたいな。

まあ先週もいろいろあったのでかな?

 

表題は非常に曖昧な表現になっております。

ちょっと問題が繊細なこともありぼかした表現が多くなります。

「人間関係」は別に精神疾患を考慮しなくても人生の大問題であることは自明であります。

ただ精神疾患を踏まえた場合は、その背景を考慮する必要はあろうかと考えるに至りました。それは自分自身のエラーも踏まえ、つい「自分の事情」ばかりに目が行きがちな反省も含めてです。

 

先に言っておきますけれども一度生じた疑念は払拭し難く、一度失った信頼は二度とは戻ってこないでしょう。

だから「反省はするけど後悔はしない」という見地で考えるしかありません。

 

しばしば様々な大小関わらず精神的な問題(疾患や障害と呼ばれるものです)を抱えてる方は、それを感じさせない局面に於いては誤解されやすくそれを判っていても受け入れがたい在り方をする場合があります。

何処から何処までを性格人格の特性とするのか、疾患の特性とするのかグレーなところも難点です。

実際私も「ドコで」とは明言しませんけれど、当事者同士(疾患の種別が別であることが多いかとは思いますが)でも齟齬や諍いが発生することを知っています。

※私以外で、です。

 

最近私も発達障害圏の方々については結構注意して観察するようにはなってきました。

もちろんその在り方は多岐に渡っていますけれども。

 

ただ自分が見落としていたのが「統合失調症」でした。

一般的に幻覚幻聴などが症状として挙げられますが、その時点で早合点な偏見でして。

試しにWikipediaを開いてみてください。

頭がくらっとするくらい多岐に渡っています。

 

実は自らのリハビリを通して、去年からピア(ここでは同じく疾患を抱える存在の意)として何か出来ないかを考え始めました。

が、少なくとも現在その発想が時期尚早であることを痛感しています。

まず以て自らのコントロールが儘ならない上で、あまつさえエラーを起こすことがある状態でそんな「上から目線」のことなど出来得るはずがありません。

それこそピア活動の一番の難しさはそこにこそあるのではないか、と考えるに至りました。

理想的な志向性だけで早計できる程甘くはない。

実際私がお会いしたピア活動をしてらっしゃる方にお話しをうかがっても見た目特に何もないにも関わらず、過去には壮絶な死闘を経験なさった方々でした。

 

私は感じるのですけども、頭では知識では理解している「つもり」のことでも人は感情の評価にはどうすることもできないなあということです。これ、疾患がどうこうを越えて。

 

だからこそ、その疾患が重度とか軽度とか、疾患をオープンにしているとかクローズだとか、誤解とか偏見とか(自分自身にも潜む)無理解であるとか、それらを乗り越える力が必要なのだと思いました。

 

しばしば言われることではありますけど「精神障碍者は何かと病気を理由にしがちである」という点も乗り越える必要があります。それこそ加減が難しいことでもあります。

 

「一病息災」と言う言葉もありますが、なんだかその疾患の当事者であることを契機に実に本質的な問題に直面せざる得ない感もあります。

 

決して綺麗ごとではない、生々しいことだということです。

 

チャオ。